理念

京都人によるムーブメントにしていきたい、
それが私の願いです。
京都の何が大切であり、 何が人々を惹きつけ、何を守り、
何を育てていくべきなのか?

社名を改め・グループ名を GÉN SAKIZO としました

このたび「株式会社さきぞう」を「株式会社GEN SAKIZO」、「サキゾートラスト株式会社」を「GEN TRUST 株式会社」、「サキゾーネットワーク株式会社」を「GEN 不動産管理株式会社」、そしてグループ名を「GÉN SAKIZO group」と改めました。

GEN(ゲン)を冠に据えたのは、一昨年グループの中核を担う新会社を設立しグローカル エステート ネットワーク(GlocalEstate Network)と名付け、英語表記にした3つの単語のそれぞれの頭文字を採りGEN(ゲン)と略し、全ての会社ならびにグループ名に冠として付けました。

私どもは京都に特化した事業を展開しています。代々京都に生まれ育ってきた者が事業を手掛けている事、私自身も京都の街中で生まれ育ち、土地勘や感覚的な理解があること、そして主力である不動産事業の管理面を考慮した事等が理由です。しかし、京都の事を本気で考えるのであれば京都の内側から見ているだけでは気づけない事が必ずある筈です。だからこそ時代や世界の先端あらゆる事象を俯瞰的に捉えたうえで、京都で何をすべきかを考える必要が絶対にあると私は考えます。

そのことを普段から忘れないようにし、実践していくために、中核を担う新会社の社名をグローカル エステート ネットワーク(Glocal Estate Network)とし、グループ内各社の社名ならびにグループ名にGEN(ゲン)という冠を付ける事としたわけです。Glocal はGlobal とLocal を掛けた造語ですがThink Globaly,Action Localy(世界規模で考え、地域で活動せよ)を表す言葉として一般的になっています。Estate には単なる不動産という意味だけでなく「資産」という概念も込めています。自社物件だけではなく京都にとっての資産とは何かという視点から事業を進めていきたいと考えています。最後にNetwork ですが、弊社が後述のような想いのある事業を単独で行っていても、京都全体にとってみれば大きな影響を与えるものではありません。人的なネットワークを構築し、志を同じくする方たちと力を 合わせ、京都人によるムーブメントにしてゆきたいという願いを込めています。

グループ名や物件名にはGÉN、会社の商号には「′」無しのGEN を使用します。GEN を(ジェン)と読ませず(ゲン)と読ませる為に「′」を付けることにしたのですが、日本の商号登記に「′」を使うことが出来ませんでした。

古今、木屋町風情に思う~これからの取り組み

私が幼少期の頃( 昭和四十年代後半)の京都・木屋町通はまだ石畳の道でした。行き交う車もまばらでいつも道路でキャッチボールをしていた思い出があります。もちろんすでに商業エリアではあったと思いますが、まだまだ民家も多く、それらの家には土間に台所があり、坪庭と縁側がありました。それが京都市内の町屋の残存件数は平成二十八年度の40,146軒から令和六年度末には34,580軒へと八年間で5,000軒以上も減少しています。所有者はもとより京都の街の資産でもある町屋の保存の必要性は、行政も不動産業界も異口同音に唱えるところですがその思惑は必ずしも同じではありません。

私は東京に出張に行き、初めて会った方に「何処から来られたのですか?」と聞かれ「京都からです」と答えると、殆どの方が「京都はいいですねぇ。年に何回かは京都に行ってますよ」といった返答をされます。東京で働く人にとって、京都は心が落ち着く独特の魅力があるようです。だからこそ、何度でも訪れたくなるのでしょう。それは、京都が単なる観光地でない事の証でもあります。京都の魅力は神社仏閣や美術品、華道・茶道といった文化芸術、京料理など挙げればきりがありません。私は観光地としての魅力や文化芸術・美食といった要素を全て内包した〝街全体の雰囲気〟こそが京都の本当の価値だと考えています。観光地やテーマパークのような作り物ではなく、京都人の暮らしが今も息づく生きた街であるからこそ、東京から、世界から人を惹きつけるのだと確信しています。

近年の京都市内、特に「田の字」といわれる市内中心部は外国人や東京資本が買いあさり、不動産価格が恐ろしいほどに急騰、もはや京都人には手が出せない代物となってしまいました。外国人が町屋を買い取り民泊施設に造り変えていることは、問題がある面も多々あるものの、町屋の保存につながることに関してはまだ良しと私は考えます。しかし、開発のために町屋が潰され、用地買収によりひと纏まりの土地にされ、ホテル用地かマンション用地となってしまうのを目にするのは実に勿体無いと思ってしまいます。このまま街中の開発が進み京都の街が鉄とコンクリートだけの街に変わってしまったら、その街は東京の人達にとって、年に何度も行く価値のある街なのか?世界中の方を惹きつける魅力ある京都のままでいられるのか?
そう考えると私は空恐ろしくなってしまいます。

海外の方、特に欧米人は歴史あるものが好きであり、生活の利便性より、昔から使われてきたものをそのまま使うことに価値を見出す傾向があります。昨今の交通手段の発達やIT の発展により世界との距離感や時間的隔たりは急速に薄れつつあります。こうした状況から、世界中の価値観がこれまで以上に似通ってくるのではないかと私は考えます。日本でも〝歴史あるものの価値〟を見直す感覚が、ますます重要になっていくと感じています。

私はそのような世界的な価値観の変化を踏まえ、世界の人々や京都以外の地域で暮らす日本人から見た京都の姿を考察したいと思っています。京都の何が大切で、何が人々を惹きつけ、何を守り、何を育てていくべきなのか?その答えを自分なりに研究し導き出し、仕事・事業に繋げていきたいと考えています。そして、GEN(ゲン)の想いに込めたように、この想いに賛同する方々とネットワークを構築し、「京都人によるムーブメントにしていきたい」それが私の願いです。

第一号案件が進行中

京都の街中とは違いますが、伏見大手筋から南下する竜馬通り商店街に築百年を超える町屋を見つけました。昭和の時代に一階で自転車屋を営まれ、二階を住居として使われていました。自転車屋さんをするための改装と幾度かの増築をされていたようですが、南北の竜馬通りと東西の黄桜さんの通りの角地に建っており、南へ100m行けば坂本龍馬が襲われた寺田屋騒動の現場「寺田屋」という面白い立地。建物にも白壁とガラス戸などのいい雰囲気が残っております。

この物件を昨年譲り受け、現在保存補修工事、ならびにテナント化工事を進めております。
出来るだけ建物の雰囲気を残しながら、これからはテナント物件として次の活躍の使命を建物に与える工事です。建物は使わないと傷んでしまい、使っていただいてこそ建物を守ることが出来ます。建物を生き返らせ、新しく生きる使命を与える。なかなか楽しい仕事です。

念のためにですが、既存の京都市中のテナントビル業、仲介業を辞めるわけではありません。そちらはそちらで継続展開しながらもちろん発展させていきます。

二人三脚で。
そして社員とともに。

私は大学卒業後、修行のつもりで地元の金融機関に数年間勤めました。そこで妻と知り合い結婚することになりました。私にとっては人生のパートナーであると同時に、今は仕事のパートナーでもあります。ここで妻への感謝を伝えるのは適当ではないかもしれませんが、並みの神経をしていたなら今、私の傍にはいてくれなかったと思います。その彼女が私を評して「強いメンタル」「ぶれない」「信念を通す人」と言います。その評価が過大なものかどうかはさておき、私には最大級の褒め言葉であり嬉しく思います。そしてその彼女が大切にしてくれているのが家族同然のGENSAKIZO グループの社員です。事業承継での数々の軋轢や摩擦で先行きが見通せなかった頃は私以上に妻は辛かったでしょうし、またその波に揉まれていたのは私たちよりもむしろ社員の方だったと思います。その社員を案じ私の行き届かないところに常に気を配ってくれていたのが妻でした。

過去の当グループには人材の育たない社風がありました。圧倒的カリスマ性を放つ創業者、その独善的支配欲に晒され、当時の役員・社員たちは皆自分で考えることを止め、独裁者の顔色を伺う事だけに神経を尖らせてしまったのです。

これからのGÉN SAKIZO グループは、過去の過ちを教訓とし、自由にものが言え、社員が自主的にやりたいことができる会社にしなければとつくづく思います。令和の時代では、風通しのよい組織でないと新しい発想や、それを実行する個々の力は伸びないと私は思います。

むすびに

いろいろな意味や願いをこめた「GEN」ですが、「京都のGEN」( キョウトのゲン)、そう狂言(キョウゲン)にも掛けています。この会社の起源はアパレル会社であり、私もWスクールでモード(流行や様式)の勉強をしたこともありました。京都という大舞台で不動産だけでなく、おおらかな「たのしみ」や「おかしみ(趣き)」を表現するファッション企業にもしたいと想っています。社の内外から人材を集め、大きな夢に向けて歩みを進めてゆきたいとも思います。これからのGEN SAKIZO グループを温かく見守りいただき、またご支援をお願いいたします。