生まれ育った街だから、わかることがある。
私は京都の繁華街に生まれ育ちました。
小さい頃の木屋町通りは石畳で、自動車も希にしか通らなかったので、
木屋町通りでキャッチボールや鬼ごっこ、かくれんぼが出来ていた記憶が残っています。
現在立誠ガーデンゲートホテルになっている所が母校の小学校「立誠小学校」であり、
京都御池中学の前身「柳池中学」~「堀川高校」と進み、
高校3年生の夏まで木屋町に住んでいました。
街中の子供たちは商売人や比較的裕福な家庭の子が多く、環境に恵まれ教育レベルは高かったのですが、
街の誘惑も多いわけで、成長するとともに街の魅力に引き寄せられ、
勉強よりも遊びに夢中な青春時代を過ごしました。
高校時代から既に大人のような遊び、大人に混じっての遊びをしていました。
現在では決して許されないでしょうが、当時はまだおおらかでした。
そんなわけで、子供の時から河原町、木屋町、先斗町、蛸薬師、新京極、、寺町、錦市場等
が遊び場であり、毎日表通りはもちろん裏通から路地と駆け回っていました。
つまり、京都の街中の隅々を感覚的に知り尽くしています。
それがいま、事業に活かされています。
しかしながら昨今、街中の開発が進み、当時の面影が一つまた一つと消え去っていきます。
それが悪いことだとは思っていません。
生活している者からすれば、開発が進み便利になることや最新のものが早く導入されることは嬉しいことです。
昨今のインバウンドブームでは、特にホテル開発が進み、高級マンションも売れるので、
ホテル開発業者とマンションデベロッパーが用地の取り合いの様相を呈しています。
古い民家が取り壊されるとたいがいホテルかマンションのどちらかに様変わりしています。
最近はそのような光景を目にすると「あ~勿体ない」と思ってしまいます。